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福岡高等裁判所那覇支部 昭和55年(う)30号 判決 1981年2月02日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官杉原弘泰作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人新里恵二、同国吉真弘、同新垣勉共同作成名義の答弁書に記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

一  控訴趣意第一点(事実誤認の論旨)について

所論は、要するに、原判決は、被告人が被害者A(以下「被害者」という)の左足を蹴りつけたとの事実を認定するには証拠上疑点なしとしないとしたうえ、被告人の右暴行と被害者の負った左脛骨上端骨折の傷害との因果関係をも否定して、本件公訴事実は犯罪の証明がないとして無罪を言い渡したけれども、被告人が被害者の左足を蹴りつけた事実及び右暴行と被害者の受傷との間の因果関係の存在については証拠上優に認められるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある、また原審において検察官が被告人の暴行の内容に含まれるとして主張した「被告人が被害者を抱き上げて地面に落した行為」及び「被害者の尻付近を二、三回蹴りつけた行為」についても、原審が証明不十分であると認めたのであれば、それは事実の誤認であり破棄を免れないと主張する。

1  所論にかんがみ記録を精査して検討すると、先ず、以下の事実については、被告人もほぼ認めており、証拠上も疑いがないと考えられる。

被告人と被害者とは従兄弟同士(父同士が兄弟)であって、共に沖縄県□□郡○○○村字××の部落内に居住していた。被害者は日頃から酒癖が悪く、酔って部落内で乱暴することが度々あり、部落の人に迷惑をかけていたが、部落内には警察官派出所がなく、被害者の居住地域は山村で人家も疎らで青年も少なかったため、同人が暴れた時は、同人の義兄にあたるBや比較的若い被告人が頼りにされ、被害者を取り押えたりしていた。被害者は、本件の前日である昭和五二年五日一六日の夜から飲酒し、翌日午前八時すぎころ帰宅して就寝したが、同日午前一一時ころになって起き出した。そして、同人は隣家のおばC子(大正三年生)が畑に出て仕事をしているのをみつけるや、同女に対し、因縁をつけて無理に自宅に引張り込み、棒でその腹、足を殴打したり、鎌で頭部、顔面を殴打する暴行を加えて相当の出血の伴う傷害を負わせたあと、脅迫をも加えて同女を無理に姦淫した。被害者から解放されたC子は頭から血まみれになったまま数百メートルはなれた被告人方に助けを求めて歩き、途中のD方付近(被告人方に近い)で近所の人らと出合い立話をしていたところ、同日午後零時すぎころ昼食のため軽トラックで帰宅途中の被告人と出会った。被告人は、血だらけとなっている同女の様子やその話から、同女に傷害を与えたのは被害者であると知り、先ず同女を病院に送ろうとして自車に同女を乗せ出発したが、途中前記B方に立ち寄り、事情を告げたところ、被害者の家の近くに一輪車があった旨を聞かされ、被害者がさらに一輪車の持主に乱暴するかもしれないと心配し、病院への搬送は右Bに任せ、自分は被害者の近くに様子を見に行くことにした。被告人は一輪車を使用するのは自分の父かEしかいないと考え、一旦自宅に赴き父が在宅しているのを確認したのち、県道を走行して右E方に向かった。右E方は被害者の居宅から約七〇〇ないし八〇〇メートルの距離にあり、被告人が県道上を同人方前の交差点付近(県道からE方に至る道路が分岐しており、E方に至る道路の方が県道よりも低くなっている)に差しかかったさい、前方の県道上を走って近づいてくる被害者を認めて下車し、自車の前に立って被害者を呼びとめた。そして、被害者の手を引いて乗車させようとしたところ、被害者はこれをいやがり、軽トラックにしがみつきながらトラックの後部の方に移動していった。そのさい被告人は同人を背後から抱きかかえていたが、同人を抱き上げて地面に落したり、背後から腰をおとしている同人の尻を二、三回蹴ったりした。一方、この間に被害者も路上に落ちていた空瓶を持って振りまわし、被告人の足を二回位殴打する等した。次いで被害者はトラックより後方の県道の路端から約一メートル数十センチメートル低くなっているE方に至る道路上に逃げ、若干の距離を跛をひきながら走ったのち、道路上に座り込んだ。被告人はE方から綱を借りてきたが、被害者がおとなしくなったので縛らないまま同人を車の助手席に乗せ、約一二キロメートル離れた渡久地署まで連行して警察官に引き渡した。そのさい既にBが同署に来ていた。同署の司法警察員棚原憲保が被害者から事情聴取をしたところ、被害者は左膝の痛みを訴えており、同人を名護病院に搬送したところ、左脛骨の骨折が判明した。被害者は同年一一月三〇日C子に対する強姦致傷の被疑事実で渡久地署に逮捕され、勾留中簡易な精神鑑定を受けたが、結局起訴されるに至らなかった。被告人は本件に関して被疑者として同年一二月三日司法警察員、同月九日検察官の取調を受けた。

2  膝を蹴ったかどうかについて

そこで、被告人が被害者の左足膝を蹴ったかどうかについて検討する。被害者は、原審公判において、本件のさい被告人から左膝付近(膝下部)を左側から蹴られた旨明確に供述するところ、被告人は原審において被害者をうしろから抱えて下に落した行為及び被害者の尻を蹴った行為については認めるものの、膝を蹴った行為については否認している。しかし、被害者の供述については、後記のように信用できない部分も含むと考えられるけれども、本件直後から捜査官のみならず治療に当った医師に対しても一貫して膝を蹴られた旨申告していたこと、被告人自身も被害者を渡久地署に連行したさい捜査官から被害者の怪我について若干事情を聴かれて、これを認めていたこと、被告人は検察官に対してもこれを認めるかのような供述をしていること等に徴すれば、左膝を左側から蹴られたとの被害者の供述部分については十分に信用できると考えられ、被告人の膝を蹴った行為の存在を認定するに十分である。この点を争う被告人の原審供述部分は信用できない。したがって、原判決はこの点において事実を誤認したものというほかない。

3  傷害との因果関係について

次に、膝を蹴った行為と被害者の受傷との因果関係については、関係証拠を総合すると、被害者の左膝の骨折は、当初脛骨上端部内側部分の骨折だけと考えられていたところ(外側から力が加わった場合でも、反対側の内側の側副靱帯が強靱なときは、膝骨の靱帯付着部分が剥離して骨折することがある)、当審で取り調べた整形外科の専門医で琉球大学助教授の証人茨木邦夫の供述及びX線写真四枚によると、従前判明していた部分のほか、腓骨下端部外側部分にも骨折があり、この骨折には横の線が入っていて外側側副靱帯が引張られて生じるものであること、即ち、本件骨折は、膝部分が内側に曲がってできるものではなく、逆に外側にくの字型に曲がった状態で膝に力が加わったさい生じるものであることが明らかとなった(前示脛骨上端部内側部分の骨折は、大腿骨下端部と接して生じたものと考えられる)。しかも、右茨木証言によると、右骨折は、左足に重心がかかっている時に膝の下方部分を外側から払われ膝に力が加わる場合と左足に体重がかかっていない時に外側から蹴られて膝より下の脛が内側に曲がった状態で着地して膝に力が加わる場合(単に足が上げられた状態で蹴られただけの場合には、股関節が動いて膝の骨折を防ぐことになる)の二つが考えられるというのである。これを本件についてみると、被害者は、原審公判において膝を外側(左側)から蹴られたとき痛みを感じ骨折した旨供述するけれども、より具体的には、逃げようとしたとき左足を蹴られて痛みを感じ、そのまま下方の段差のある道路に飛び降りた、左足が痛かったので右足だけで着地した旨供述し、さらに蹴られたさいの姿勢として、原審検証において、左足を地面から上げて立っている格好を指示したのであって、以上の被害者のいう蹴られたときの姿勢、蹴られた部位・態様、それに引き続き下方の道路に飛び降りた状況等からすると、本件は右茨木証言の指摘する二つの場合にあてはまらないことが明らかであり、果して被害者のいうような暴行により本件骨折が生じたのか疑問が生じる。そして、関係証拠によれば、当時被害者は逃げようとしてかなりあわてて下方道路に飛び降りたことを推認するに難くなく、そのさい着地に失敗して骨折した可能性、さらにその場合骨折原因につき被害者が足蹴り行為と取り違えた可能性も否定できない。右によれば、被告人に膝を蹴られたとき骨折したとの被害者の供述部分はそのまま信用しがたく、被告人の足蹴り行為と被害者の受傷との間の因果関係の存在については、未だ証明が十分でないといわざるを得ない。

4  ところで、原判決は、被告人の膝を蹴った行為については疑問があるとしたうえで、仮に被告人に膝を蹴った行為があるとしても、蹴った行為と本件傷害との間の因果関係を否定した趣旨であると解せられるから、右のように因果関係の証明が不十分である以上、原判決の前示のような膝を蹴った行為についての事実誤認が判決に影響を及ぼすとはいえない。なお、所論は、被告人が被害者を抱き上げて地面に落した行為及び被害者の尻付近を二、三回蹴りつけた行為についても、原判決に事実誤認がある旨主張する。しかし、原判決の説示は、表現においてあいまいであるけれども、右行為についてその存在を否定した趣旨であるとは考えられず、その存在を肯定したうえで違法性の存在を否定したものと解せられるから、原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(事実誤認ないし法令適用の誤りの論旨)について

所論は、要するに、原判決は、被告人が被害者を警察へ連行するにあたり暴行を加えた事実を認めたうえ、それが現行犯逮捕等の正当行為あるいは社会的に相当な行為として違法性がないと判示した趣旨と解されるが、時間的にみて現行犯逮捕にあたらないことは勿論、準現行犯として考えても、「誰何されて逃げようとしたとき」に該らないうえ、被告人が適法に逮捕すると意識を有していなかったし、また被告人は無抵抗の状態にある被害者に対し先制攻撃的に足蹴り等の暴行を加えたのであって、逮捕のさいの実力行使の限度を逸脱し、不要かつ不相当な行為に出たものであるから、いずれにしても現行犯、準現行犯逮捕の要件を欠く、また被告人の右行為は社会的に相当な行為であるとはいえない、したがって、原判決には違法性判断の前提となる事実を誤認したか、あるいは違法性に関する法令の解釈適用を誤った違法があるから破棄を免れないと主張する。

1  そこで、先ず、被害者のC子に対する強姦行為から被告人の本件暴行までの経過時間及び被告人の暴行状況の詳細について検討する。

被害者がC子を自宅に連れ込んだのは午前一一時すぎころであることは前示のとおりであり、強姦が終了したのは関係証拠によると早くとも午前一一時三〇分すぎであったと認めるのが相当である。また被告人は午後零時すぎに昼食のため帰宅途中C子に出会ったことも前示のとおりである。そして、被告人は検察官調書及び原審公判において、被害者と出会ったのは午後零時四〇分ころであると供述しているところ、この供述は、被告人が渡久地署に午後一時すぎに到着していること、本件の二日後の昭和五二年五月一九日付で司法巡査上間次男により作成された「傷害被疑事件発生報告書」には、本件発生が零時四〇分ころとされていること(弁護人は、右報告書によると、認知の端緒が零時四五分ころの渡久地本署からの電話連絡によるとされること等から、被告人は右零時四五分よりも約二五分前の零時二〇分ころに本件が発生した旨主張するけれども、被告人が渡久地署に到着した時には既にBが来署していたこと等に徴し、当初の本署からの電話連絡の内容が被害者のC子に対する傷害事件ではなかったとの疑念が存在する)、その他被告人が被害者と会うまでの行動内容等にかんがみ、十分に信用することができると認められる。以上によると、C子の強姦被害から本件発生までは約一時間、最大限にみても約一時間一〇分を経過していたと認めるのが相当である。

次に、被告人は、原審において、「被害者が勢いよく走ってくるのを見て、さらに他人にも乱暴しそうな感じであったので、被害者を捕まえ警察に突き出そうと考え、被害者に対し、『どうしておばあさんを殴るのか』と尋ねると、被害者は否定するようなことをいい、『警察に行こう』といって被害者の手を引張って車に乗せようとすると、同人は車につかまって抵抗し、逃げようとしてトラックの車体を伝って後部の方に移動した、被害者の背後から抱きついて引張ったさい一緒に地面に尻もちをついた、被害者が瓶を振りまわすので被害者の尻を蹴り、瓶を振り落そうと思って後方から同人を抱き上げて下に落すようにした、その後被害者は逃げ出し、段差のある下方道路に転がるように落ち、軽い跛をひきながら逃げたが、突然道路に座り込んだので、車に乗せ、渡久地署に連行した」旨供述するのに対し、被害者は、原審において、「被告人に会いすぐ後ろからつかまれ地面に落された、そのさい被告人は警察に行こうとも何も言わなかった、被告人から尻を蹴られたので、瓶を拾って被告人の足を二回位たたいた、車につかまって乗るのをいやがったことはない、下方道路に逃げたのち、倒れて被告人の車に乗ったが、病院に行くと思った」旨供述し、両者の供述内容は対立している。右のいずれを採るべきかについては、前示のように、膝を蹴ったかどうか、また、そのために骨折したのかどうかについて両者の供述ともそのまま信用できない部分が存在することから、慎重な考察を要すると思われる。先ず被告人の供述については、前示本件の二日後に作成された報告書によると、状況として概ね被告人の供述内容に添う経過記載があり、特に、「被害者に対し『こんな乱暴をしたらいけないから警察に行こう』といって車に乗せようとしたところ、被害者が道路上に座り込み、空瓶を取って振りかざして抵抗したため、被害者の臀部あたりを二、三回蹴った」旨の記載があるのであって、この報告書は、主として被告人の申告に基づいて作成されたと思われるが、未だ被告人に対する暴行被疑事件が本格的な問題となる以前と思われるころのものだけに、被告人としては素直に事実を語っていた可能性が強いこと、その後も被告人は司法警察員、検察官に対し右経過につきほぼ同様の内容を一貫して述べているのであって、その内容も具体的であり、前示本件の経緯等に照らし特に不自然、不合理な点も窺えないこと、一方、被害者の供述は、被告人から何も言われないまま、いきなり後ろから抱きつかれ下に落とされたというものであるが、両者の間柄や前示経緯等からみて不自然な感を免れないこと、被告人は被害者をトラックの助手席に乗せようとしたのであるから、被害者の特段の抵抗もないのに車の前方で出会った二人がどうして車の後方にまで移動してもつれたのか、被害者の供述では疑問があること(これに対し、被告人の供述のように被害者がトラックにしがみつき、車体ぞいに後方に移動した、即ち逃げようとしたとすると合理的に説明がつく)、また被告人がE方から綱を借りてきたことは前示のとおりであり、当然その綱は被害者の目にとまり、被告人の意図を被害者は明瞭に察知しえたと思われるのに、この点につき被害者は、病院に連れていってくれると思った旨不合理な供述をしていること等の事情にかんがみれば、被害者は知能が低いながらも事実については素直に供述しているとは必ずしもいいがたい面があり、被害者の供述をそのまま信用することには躊躇が感じられる。以上によれば、被告人の暴行、連行行為の経緯については被害者の右供述は信用しがたく、被告人の前示供述の方が信用性を有すると認めざるをえない。そして関係証拠をも総合すると、被告人は、被害者と出会ったさい、同人をつかまえて警察に突き出そうと考え、同人にC子を殴ったことについて尋ねたが、同人がこれを否定する態度を示したので、同人の手を引張り、「警察に行こう」と言って車に乗せようとしたこと、しかし被害者はこれに応ぜず、トラックの車体につかまり、これを伝って車の後部に移動して逃げようとするので、被告人は被害者の背後からこれを抱きかかえて車から引きはなしたところ、被害者が空瓶を拾って振りまわし、被告人の足等を殴打したので、被告人は同人の尻を二、三回蹴りつけ、さらに瓶を振り落そうとして同人を背後から抱き上げて地面に落したこと、その後被害者が逃げようとしたさい、前示のように同人の左膝付近を一回蹴ったことが認められる。

2  そこで、現行犯、準現行犯逮捕の成否について検討する。先に認定した被告人が被害者を背後から抱きかかえて車に乗せようとした行為が、客観的にみて身体を拘束する行為、即ち逮捕行為に該ることは明らかであるところ、前示のように被害者のC子に対する犯行と被告人の本件行為との間には時間的に一時間程度経過し、場所的にも七〇〇ないし八〇〇メートル離れていたこと等からすると、刑訴法二一二条一項にいう現行犯逮捕の要件である「罪を行い、又は現に罪を行い終った」場合に該らないといわなければならない。そこで、準現行犯逮捕につき検討する。右のような時間的、場所的関係のほか、前示のように被告人は血まみれになっているC子を現認し、同女から犯人が従兄弟の被害者であることを聞き知ったこと、その他本件現場地帯は人家も疎らな山村地帯であること等からすると、本件は、同条二項の準現行犯にいう「罪を行い終ってから間がないと明らかに認められる」ときに該当すると考えられる。また被告人が前示のように被害者にC子の件で尋ねたのに対し、被害者はこれを否定する態度を示し、被告人が「警察へ行こう」と言って手を引張った行為(手を引張ったことは、任意同行を促す行為として格別問題はないと考えられる)に抵抗して、トラックの車体添いに後部の方へ移動して逃げようとしたのであるから、この被害者の行為は、同項四号にいう「誰何されて逃走しようとするとき」に該ると解するのが相当である。さらに、被告人がE方から綱を借りてきたこと、現実に被害者を警察に突き出したこと、その他本件の経緯にかんがみると、被告人が本件行為のさい被害者を逮捕する意思・意識を有していたことを認めるに十分である。被告人が警察官に被害者を引き渡したさい、逮捕してきた旨申し出なかったからといって被告人に逮捕の意思がなかったともいえないし、また、形式的にその申し出がなかったことから、直ちに既に被告人の行なった逮捕行為が不適法となり、逮捕のさいの実力行使が違法性を帯びることになると解するのも相当でない。本件において、被告人は、警察官に対し、「おばを殴って怪我させたので調べてくれ」と言って被害者を突き出したのであるから、法律知識の乏しい私人としては一応の手続をとったと考えられ、一連の連行過程で被害者が怪我を負っていることにもかんがみ、任意に連れてきたのかどうか、どのような状況で傷害が生じたのか等につき、その後被告人から詳しい事情聴取をして準現行犯逮捕として処理するかどうかは警察側の問題であるとも考えられる。次に、被告人が被害者の尻を二、三回蹴りつけたり、抱き上げて地面に落したりした行為については、被害者が空瓶を振りまわして抵抗したためであって、これらは当然逮捕のさいの必要かつ相当と認められる範囲内のものであると考えられるし、また被告人が膝を蹴ったのは被害者が逃げかかったためであって、これまた逮捕のさい相手の逃走を阻止するための行為として社会通念上必要かつ相当なものとして是認しうると考えられる。もっとも、被告人の検察官調書によると、被告人は癪にさわったので右暴行をしたようにも述べているけれども、逮捕のさい興奮により私人がそのような憤激の情を抱いたとしてもあながち不当であるともいいがたいのであって、相当性を否定することになるともいえないし、またそのような憤激の情の存在が逮捕の意思の存在と矛盾するとも考えられない。

以上の検討で明らかなように、被告人は被害者を準現行犯逮捕しようとしたさい、同人が抵抗し、逃走しようとしたため、これを排除して捕まえるために本件暴行行為に及んだもので、その行為は適法な準現行犯逮捕のさいの社会通念上必要かつ相当な限度内のものであったと認められるから、被告人の行為は刑法三五条により罰せられないものというべきである。

そうすると、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決が、被告人の所為に違法性があると断ずるには未だ十分でないとし、結局犯罪の証明がないとして被告人に無罪を言い渡したのは、結論において相当として是認しうるのであって、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤りないし事実の誤認があるとは考えられない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原康志 裁判官 徳嶺浩正 中西武夫)

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